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着付け日和

 先日、着物で寄席に行ってきた。

「行きたい寄席があるんだよね」という何気ない話に「いいね!いいね!」とのってもらったので、先手必勝で春の寄席のチケットを取った。
「春になったら暖かくなるし、私着付けするから、着物着て寄席に行けたらいいね!」なんて話をしていた去年の年末。

 割と軽い気持ちで話にのり、着物の色々知らないことを教えてくれるもんだから、面白くなってきて浅草、日暮里、門前仲町と古着物屋さん巡りに付き合う年度末。

 さぁ、では本番も近くなってきたし、色々準備を!という段になり「この前、お太鼓が簡単に結べる雑誌を見つけたんだよ!」と着物雑誌『七緒』を見せてもらうと、長襦袢や着付けに必要なものを一式用意してくれていたので、じゃ、ちょっとやってる?とやり始め、気づいたら着付けてもらうのではなく、着付けを自分でやってみれば?という展開に。
 よくわからないものは、あらかた揃えてもらっていたのでハードルが低くなっていたのもあり、着物の柄や帯の柄を合わせていると、じゃぁ、やっぱり自分で選んだ着物を着たいな!と再び古着物屋さんに繰り出すと、柄の着物や帯にワイキャイするのは非常に若々しいw
 頭の中は、知る人ぞ知るEテレ『びじゅチューン』の『その天女、柄マニアにつき』がエンドレスリピート状態に。
古着物屋さんで細かい花柄が気に入り緑の着物と、朱色に黄色の刺繍の名古屋帯を購入することに。
 そうだよね!自分で着付けられたら一番いいよね!教えてくれる人がいるなら、これはチャンスだ!と、あれやこれやと自分でやってみるという私史上まれにみる前向きな俊敏さだった。
 もともと母方床屋さんだったので、去年亡くなったおばあちゃんの着物沢山あるはずなんだよね。
 そんなことも頭をよぎって。

 戦友宅にお邪魔すること3日。非常に難儀な戦いだった。
 身体が硬いということが…ここまで着物をきるのに影響するのか!?とかなりびっくり展開だった。
 帯を締めるのの高さと平行をキープできないのだ。腕が上がらなくて…。
 気づくと帯が斜めになってしまったり、下手なもんだから着崩れも起こすし、それを直すのに解いてやり直そうと試行錯誤する内に腕の疲労具合が相当なものになり、頭が回らなくなってくる。
 そのあと枕や帯上げの順番が…あーもーなんなんだこれは!
 おそらく10回以上着て、脱いでを繰り返した結果、まーこんなもんじゃない?というところまできたのが3日目。
 着れたは良いが、目標は着てお出かけをすることなので歩けないと困る。
 「じゃ、ちょっと慣らしに外を歩こう!」と足袋に草履で外に出ることに。
 結構歩いたのだが、こんなところでと驚く人と遭遇した。
 怪我したっていうし、びっくりした。向こうもびっくりしてたー。しかも私は着物姿だし意味がわからんだろう。
 こんなところで2Bメンバーに遭遇とか、すごいなぁ。本当。

 本番当日。
 着るの補佐しようか?と結構心配してくれたが、あえてその申し出を断り本当に一人で着付けて集合場所へ。
 一人で家で前日も練習してたし大丈夫だと思ってたけれど、思いのほか上手くいかなかったなぁー。
 バスの時間が迫っていたのもあり、時間が思ったより足りなかった。
 お太鼓の大きさや全体の成りは悪くなかったが、襟が抜けず前もややずれ。そしてなぜか動くと帯から帯板が上がってくるという不思議現象が起きる。
 会場には、若い人から年配の方まで着物を着ている方が結構いた。
 これを普通にやるんだー。もう尊敬の念しかない。

 久々に観た落語はものすごく話に引き込まれ、終始笑いっぱなし。
 4か月も温めていたこともあり、整理番号は5・6番だったので前の席でよく観ることができた。
 笑うのって相当体力を使うのを忘れていた。
 すごい楽しかった!とテンション高くしゃべりながら電車に乗り、戦友と別れたあとがもう大変。
 気づけば体力ゲージは限りなく0に近くなっていた。
 なんとか家にたどり着いて、着物を解き、メイク落としたらしばらく一歩も動けなくなってしまう。
 ちょっと、体力足りないんじゃないの?楽しむ体力も足りてないんじゃない?お前大丈夫か?と自分に突っ込む瞬間だった。










# by miyuki-jun | 2019-04-24 23:49 | 私生活

花冷えの

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その日の気温によって毛布を除けたり重ねたり、上着を薄くしたり暑くしたりと、その日その日の判断が必要な状況に、もう正直飽きたぞ。
寒いなら寒い、暑いなら暑い、どっちかにしろ。

新玉ねぎの時期が到来している。
新玉ねぎは、最近ごま油を少々と味ぽんマイルドで食べるのがお気に入り。
今年は長ネギも美味しかった!って話をしていたら「ネギ好きですね」と返され、はっとする。
そこまでネギ好きではなかった…はず。






# by miyuki-jun | 2019-04-12 22:05 | 私生活

切実さについて

 自動車や電車の中で流れていく景色をぼおっとみているときに、なぜか小袋成彬のアルバム『分離派の夏』を聴きたくなることが多い。
 イヤフォンをつけて、スマホを手に取り、音楽アプリをタップすると『042616@London』の冒頭「彼は、伊豆の踊子の中で…『歪んだ孤児根性』という有名な言葉を入れてるけど…」という会話のセリフが流れる始める。
 会話がフェードアウトしたあと、澄んだハイトーンの出だしで次の曲『Game』が始まる。
 なんか、このアルバムは物語を読むように最初から最後までを通して聴きたくなるんだよね。
 作品性がものすごく高くて、1つの作品としての塊だから、どこか1曲を取り出して聴くという行為がものすごく不躾な感じがしてしまう。
 できれば、景色が流れたまま目的地に着かなければいいのに、なんて。
 アルバムを通して流れてくる言葉の美しさとダウナーさに引きずらてそんなことを思ってしまう。
 そう思うから、大概聴き始めるのは会社終わりの電車の中だ。

 このアルバムを聴くと、切実さについて考えさせられてしまう。
 『101117@El Caminio de Santiago』のあとに「世界は僕を待ってないと知る」と続く出だしの『Summer Reminds Me』を聴くと本当に打ちのめされる。
 結局、私には切実さが足りなかったなぁ、と思ってしまうのだ。
 経済的な切実さなら、私にもある。
 だから生活を維持しようと働いているし。
 そうじゃなくて『042616@London』の続きで、中の彼もいっているような、このままでは一歩も先には進めないんだというようなもの。その切実さが。
 『101117@El Caminio de Santiago』の中の彼が語る、消費する主体であるはずの自分が、実は消費されていることに気づいたという聡明さに。
 作品を結実しようとする最後の一押しが。最初の、かもしれないけど。
 アルバムが出て結構時間が経つけど、そんなに話題にならないのが不思議でならない。

 ライブ行ってみたかったなぁー。彼の声すごく好きだ。
 これから唄っていくのかと思っていたのに、ちょっと前にラジオで新しくレーベルを立ち上げるべくイギリスへ移住したといっていて、しばらくプロデューサー業専念するみたい。
 その移住する経緯を約2年ぐらいやっているラジオ番組の中で話していた。
 色々きっかけはあるだろうけれど、日本の経済空洞化と少子高齢化で日本の音楽も衰退してしまうだろうという予測もあって、商業としても日本の音楽業界には切実な疑問もあったんだろうなぁというのがうかがえる。

 
 この前、最近撮った写真をみていたら「あれ?私、写真下手になってる!?」と思った。
 ピントも合ってる。露出もバッチリ。間違いなく撮れてる。
 誰かがみたとして、そんなことないよ!と間違いなくいわれる。
 だいたい、上手いも下手ってそもそも何をもって…とか、ぐるぐる頭を巡る。
 感覚的なことで、何が?とか、どこが?とか説明できない。
 でも、なんか…下手だよね?と。
 こんなことってあるんだ!と、落胆を通り越してなんか少し笑っちゃった。
 

 いや、まぁ、原因はもう明らかなんだけどね。
 撮ることに対しての切実さが格段に下がっているから。
 別に切実さなんて、なくったって写真は撮れる。
 けれど、切実さがなければ自分も人も動かない。
 
 最短距離ではどうやら進めないようだ。
 どこもかしこも立て直しが必要で、今のところ大きく迂回した経路を進んでいる。
 ただ、感覚的にでも「下手になってる!」て思えたことは幸運なことだった。
 そのあと直ぐ「写真を撮って欲しい」という連絡を受けた。
 心底「これはマズイな」と思った。
 











# by miyuki-jun | 2019-03-09 22:46 | 私生活

嵐の前に

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だいぶ暖かい日が増えてきて、一番厚手のコートを着るのをやめた。
2月に待っていた仕事にちょっと関係ある試験が終わって、無事合格した。
ほっと一息ついて力を抜いたら、3月になる。早すぎだから。

最近の合言葉は「楽しみは先に、確実にしとめる!」である。
一か月以上先だけど、チケット売ってるのをみかけたので『ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道 』のチケットを買った。
死ぬまでにグスタフ・クリムトの『接吻』をみる!を叶えるため、一昨年オーストリアに行ったぐらいにはクリムトが好き。
今回くる作品はあらかた現地でみたが、何回観てもいいもんだ。
(作品の写真は撮って残っているが、ブログにあげるなんて無粋なまねはしない)

同時期に上野でもクリムト展が行われる。
あの時一緒にみた『ユディト 』が来るんだ~と感動をおぼえつつ、東京都美術館と新国立美術館のリストをみていてビビった。
『愛』がくる!じゃないか!と。
好きか嫌いか?は置いておいて、『愛』はものすごい作品なのだ。真っ黒で。
HP上では綺麗に映ってるじゃん!と思われるかもしれないが、本当はものすっごく真っ黒なんだよ、あの作品は。
真っ黒なんだけど、みえるんだよ。そしてみるものを叩き潰す末恐ろしい作品なのだ。
また『愛』がみれると思うと嬉しいやら怖いやら。
 (『ユディト』は東京都美術館、『愛』は新国立美術館)
そして、チケットの絵にもなっている『エミーリエ・フレーゲの肖像』も実際はこんなに彩度高くない。
どんな展示になるのか?やや心配だったりするが、それも楽しみだったりする。


これから長い社歴の中で、おそらく一番のハイライトになるであろう忙しさがやってくる。
完全臨戦態勢なので、その不安やストレスを回避するためにも先の楽しみはちゃんと作っておく。
去年が本当に本当にさんざんだったので、その一端になっているぼんやりした具体性のない希望や期待を抱く自分自身に対して半ギレ気味なのと、その反省の意を込めて行動に移すことを実践したい。
良い年になるといいな~じゃない。良い年にする!のだ。
これと決めたものは、邪魔させない!邪魔したら噛みつくぐらいの勢いで挑む予定。
だから、今年は一時的に短気になっているかも。








# by miyuki-jun | 2019-03-04 00:36 | 私生活

スタートダッシュはお早めに

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選んだ鳥のカップには鳥の蓋がついていた。鳥好きには嬉しいおまけ。

無事、RHYMESTERのライブチケットを取った。今年の目標1つ達成。はやっ!
しばらくそれを楽しみに生きていくよっ!て話を戦友にしたら「傘を買ったから次の雨まで死ねないっていってた作家誰だっけ?芥川龍之介だっけ?」というので、私もそうじゃないかなぁ?と思って調べてみたんだけど、そういう一節にはたどり着けなかった。

先に宣言を。
今年の私は写真関係のことは、おそらくほとんど出来ません。
長年勤めている会社が良くも悪くも大きくなる重要な過渡期を迎えており、非常に残念ながら完全お仕事モード突入でございます。
ちょこちょこ暗室に入るつもりではいるけど、頭もお仕事モードなので思ったよりは入れないんじゃないか?と推測している。
「まぁ、写真生活も早10年を超えるわけで、こういうこともあるでしょう」と、こういう思考になるのに去年丸一年かかった。
やっとだけど、地に足がついてきたような気がする。

バタバタしていたが、先日なんとか師匠の写真展を観に中野へ行ってきた。
おそらく露出がばっちり合っているネガで焼いたであろう、色の破綻のないカラープリントは私のストレートど真ん中だった。
師匠のカラープリント結構好きなので楽しみにしていた。DMの写真もやられた感もあった。
けれど、今回新作となって並べられている後半の写真を観てちょっと不安になった。
もちろん場所が電車の中ということもあるし、テーマとなっている IN and Outなのでこのチョイスというのもわかる。
写真自体、写っているもの自体にはなんら問題がない完成されたプリントだった。
ただ、ほとんどピントが無限遠、もしくはその一歩手前。
これって、ちゃんとみえていたのかな?って。
いや、ぶっちゃけシャッター押せば映るのだから、本人の目がみえる・みえないは作品そのものとは関係ないのだろう。
けれど、目が悪くなってきていると日記にも書いていたので、何となくそちらに意識がむかってしまった。
バタバタしててそんなに長居できず、次の予定も詰まっていたので、師匠とも話できず、後ろ髪ひかれながら出てしまったのがちょっと心残り。










# by miyuki-jun | 2019-01-29 00:20 | 写真展