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旅の感触


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 10月に入ったのに気温が落ちず、ロシアで買ったチョコレートが変形してしまう。

 お休みを頂き、ロシアのサンクトペテルブルグとモスクワに行ってきた。
 ワールドカップ少し前のビザ情報を参考にしてしまったせいで、ビザの申請に思いのほか手間取ってしまい、計3回も神谷町のロシア大使館に行く羽目になってしまった。郵送等不可なうえに、本人もしくは代理人が大使館に直接行かなければならず、平日9:30~12:30の間に70枠を争う展開なうえ、待っていても12:30になったらバッサリ受付終了という。今、盛り上がっている流れにはちょっと厳しいビザ申請方法だった。
 行くことより行く準備の方が大変だった旅だった。

 行ってみると思いのほかスムーズで、他のヨーロッパの国とたいして変わらなかったので拍子抜けしてしまった。
 ロシア語わからないし…と思っていたけど、ネット環境あればGoogle翻訳突っ込んで話すればいいわけで。ネットなくてもある程度は身振り手振りで通じるし、危険なことに足を突っ込まなければ、まぁ、今までの状態と変わらないなぁと。
 しかし、ロシア人が冷たい、笑わないなんて誰が言い出したんだろう?って思うぐらいロシアの人々は優しく印象がまるで違った。百閒は一見に如かずとはまさにこのことだなと思った。
 旅行中、スーツケース持つの助けてくれたこと、道を教えてもらったことなど様々助けてもらったが、言葉も通じない中、コンビニのおばさんがピロシキの中身をあれこれ商品を指して説明してくれて、翌日「美味しかった?」と聞いてきてくれたときには、今までのロシアの印象がすごい勢いで崩れ、今度は寝台列車に乗ってもっと遠くへ行くわ!と俄然その後の妄想が膨らむぐらいロシア好きになっていた。
 そして、目が眩むほどの美術品の数々。ヨーロッパ・中東・中国・日本を含め様々な国の、絵画や彫刻だけにとどまらない様々な美術品が並びまくっていて、とにかく観て回るのが大変で死ぬかと思った。結局サンクトペテルブルグのエルミタージュ美術館には1日では回り切れず、翌日もチケットを買って2日観て回った。そして2日まわってやっと概要をつかむくらいという感じ。あとでガイドブックをよく読んだら、日本人の多くは別館のピカソやゴッホ、モネやルノワール方面にしか回らないことを知る。1日目にイヤフォンガイドを借りたのが運命の分かれ目だった気がする。別館の方が確かに観やすかったけど、本館の建物の作りや内装は素敵だしダ・ヴィンチは観ないともったいない。
 一番びっくりしたのが様々な宗教絵画が並ぶ中、少し狭めの廊下をさっと歩いていて「え?」と思って戻ったら、クラナッハの『リンゴの木の下の聖母子』が隅にかかっていたこと。日本に来た時あんなに全面に押し出していた作品がこんなとこに!?さりげなくかかりすぎてて普通に通り過ぎるところだった。
 モスクワ・プーシキン美術館も観て回ったのだが、たまたま月曜日がかかってしまい全部観きれなかったのが心残りだった。なぜかものすごく混んでいて、なんでこんなに混んでいるんだろう?と思いながら並んで観たのだが、なんと!『江戸絵画名品展』という企画展が行われており、みんな日本の浮世絵や屏風に殺到するという(ここで時間を食った)日本人の私には相当不思議な図式になっていた。こんなところで『風神雷神図屏風』や『冨嶽三十六景』をみることになるとは予想外の展開だった。
 寺院も回ったのだが、もう大変失礼なのだけれど、観すぎると当たるぐらい上から下までキリスト教壁画と装飾で、圧倒されるというよりもエネルギーを抜かれて疲弊したところにガツンッとやられる、間がない感じ。隙間まですべて埋めて押してくる。美術館含め全体の3分の2ぐらいが宗教絵画で、おそらく一生分の宗教画を観たように思う。しばらく宗教画は遠慮したい。
 
 警備が今まで訪れた国の中でトップレベルで厳しく、今回フィルムはおそらくダメだなって思う。
 小さい鞄1つ以外の荷物を持っていると、モスクワでは問答無用にX線通せといってくる。移動手段としてメトロとバスを使うのだが、モスクワはメトロの全駅の入り口にX線が配備されており、2個以上の荷物を持っていたら全部通せといわれる。抵抗するとパスポート見せろといってくる。フィルムを説明するがほぼ通じない。英語も通じない中、押し問答するのは身の危険を感じたので最初の1回以外は、大人しく従うことにした。これはもうフィルムを持ってきている私が悪いなって。
 日本でいう新幹線サプサンに乗る際は、駅そのものに入るのにX線を通し、路線に出るのにもう1回X線を通す。美術館、寺院に入るのも同様、X線を通し、荷物チェック・ボディチェックされる。
 あんまりに検査が多いので、驚きを通り越して「そうだよね、自国を守るってこういうことだよね」と感動を覚えた。テロが起こってからでは遅いのである。ビザ取る大変さも今回のことで知ったし、その徹底した体制に頭が下がる思いがした。かえって日本の警備の甘さを思い知らされる出来事だった。


 観たものについては大まかな部分はそんな感じ。ほかにも宇宙博物館やプラネタリウム、細かいところへちょこちょこ足を運ぶ。
 感触として感じたことは、一番は水がどの国よりも私には合っていた。これが一番驚いたこと。
 ヨーロッパって硬水だから、一度シャワーを浴びて髪を洗ってしまうと、もう手がつかられないほど髪がボロボロになるのが恒例。だから、今回は帰国したら髪を切ろうと思っていたぐらいだったのだが、飲めはしないが、シャワーの水が柔らかかった。髪は痛まず、日本にいる時よりもサラサラしていた。アジアは軟水だけど水道事情が悪くてベタベタしたりするし、今まで割といろんな国へ旅してきたけれど、こんなに水が合う国は珍しいなぁって感じた。寒かったけれど、日本と違って乾燥していなかったというのも要因として考えられるのかも?肌もパリパリいわず、終始調子がよかった。行った時期が良かったのかも?
 メトロのエスカレーターは、深くて怖いと聞いていたが、深くはあったが怖くなかった。チェコのエスカレーターの方が柔らかかった分、怖かった。速さは今のところシンガポールが一番速いと思う。
 おそらくドイツの影響が強いんじゃないかな?という感覚があり、スーパーに売っているお菓子や食べ物の並びが昨年行ったオーストリア・チェコと似ていた。そしてロシア語が解読不可能なため、なにがロシア製品なのか?を調べるのがまぁ大変で、お土産になにを買っていいのやら?と商品をみながらうなっていた。
 言葉は、ロシア語→ドイツ語→フランス語の順じゃないかな?と思う。観光地なら英語もある程度大丈夫だが、他は若い人でもかなり怪しい。旅行客もドイツあたりの人が一番多い気がした。例にもれず中国人もいるが、思ったより多くなかった。
 気温は9月下旬~10月初旬の今回、最高気温10度前後。冷えると3・4度近くになる。北海道と同様、部屋は暖かく外は寒いというパターンなのでダウンだと汗をかく。
 寒い季節は日照時間が少ない…と思いきや、日暮れが遅い!これには変な感じがした。18時くらいから薄暗くなり、日が沈むのが19時過ぎ、完全に暗くなるのは20時前。日本の17時で暗くなることを想定していると、えっ!まだ行ける!思ったより行ける!と、余計に歩き回ろうとしてしまい、ホテルに帰ってぶっ倒れるという。ペース配分が難しかった。
 サンクトペテルブルグでは帽子をかぶるのが流行っているらしく、みんな帽子かぶっているのに、モスクワに入ったら帽子かぶらない人の方が多くてファッションの差ってあるんだなぁと思った。日本人のベレー帽のかぶり方が大間違いだというのを知る。栗毛、銀髪に近い薄い茶色、金髪と色々な髪の人がいるけれど、そんな髪色に黒ファッションがやたら格好良くて羨ましくなる。全身黒なのに髪の毛が違う色なので服装が映える映える。日本人の野暮ったさの残念さ加減が悲しすぎる。
 食事は、貧乏旅行なのでレストランに入ったりは1、2回だけだったので詳しくわからないが、モスクワ・サンクトペテルブルグは街なので日本と大差なく、なんでもある。ファーストフードもあれば日本料理屋さんもあったし困ることはない。ロシア料理として食べたのはピロシキとボルシチ、あとロシア料理と紹介されたカツレツみたいな肉料理を食べたのだが名前がわからない。ピロシキは、コンビニのおばちゃんと仲良くなったので何回か食べた。日本でいう肉まん・あんまん・ピザまんみたいな感じでコンビニに売られており、中身はポテト、鶏肉、グラタン、トマトソースぽいものなどなど。しっとり系の生地に様々な具が入っていて小腹を満たしてくれる。ボルシチが思ったより酸っぱくて驚いた。
 昨年チェコでワインのお祭りに遭遇し、ブルチャークというワインできる手前のジュースみたいな飲み物と、ビールにソーセージを買い込んでベンチで食べて、気づいたら15分くらいその場で眠りこけるという失敗をした(一応何事もなかった)ので、歩き回る旅中のアルコールは辞めようと思っていたが、最後の日にビールを1杯飲んだ。あっさりした飲み口で美味しかった。
 
 細かいことはまだまだあるのだが、ざっと書き出してみるとこんな感じ。
 写真はエルミタージュ美術館本館前。天気が悪かったので美術館缶詰になった贅沢な旅の1日。








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by miyuki-jun | 2018-10-12 00:19 | 旅のこと

旅行のし易さと迷いやすさ

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(写真はオーストリア・ウィーンのモーツァルト記念像前)
9月下旬~10月の初旬にかけて夏休みをもらってオーストリアとチェコに行ってきた。
去年に引き続き今年もどこへ行くか?結構悩んで、お金かかるし無理に海外行かなくてもいいんじゃないか?とも思う瞬間もあったが、行ってみたらやっぱり自分には1週間以上の海外旅行は必要なんだ!と改めて思う貴重な旅行になった。
自由に歩き回って、世界の広さや見たこともない景色に驚いて、写真を撮りつつ時々道に迷って、各地の美味しいものを食べてみて疲れ切って寝る。
悩んでいた反動もあったのかもしれないけれど、すごいストレス発散ができた。来年どこへ行くか?迷っても海外には引き続き行こう!と思った。

「とにかくオープンジョーがしたいのよ!」と話してみたが、その言葉を聞いて「わかる!」といってくれる人はなかなかおらず、ネットの地図でオーストリアを起点としたときに行ける隣国の圧倒的な数に大興奮している私に、周りは「この子本当に大丈夫なのか?」とやや困惑の表情。
オーストリア・ウィーンからスロバキア首都のブラチスラヴァまでは電車で約1時間、チェコ・プラハからドイツ・ドレスデンは電車で約2時間。悩んだ結果、起点と終点さえ決めておけば、あとは行くか、行かないかは現地で決められるじゃん!と出発直前まで周りに「ウィーンとプラハには行くけど、他はどこに行くかわからない」とふざけたことを言い続けた。
当然ホテル、鉄道、バスとみんなネット経由。言葉がわからなくても『オーストリア 鉄道』と検索するとご丁寧に日本語で鉄道のHPやチケットの取り方「オーストリアの鉄道よりチェコの鉄道から予約した方がチケットは安い」なんてことが調べれば出てくる。バスに至っては座席の指定までできて、無料のwifiも飛んでいてドリンクサービスもあって、飛行機と一緒でテレビ画面もついていた。日本の長距離バスより快適で驚かされた。

考えてみれば渡航歴が15回を越えた。いい意味でも悪い意味でも慣れたのかもしれない。
本当に旅はしやすくなった。こんなに旅しやすくなった時代ってないんじゃないかな?
直前までノープランとか10年前の私だったら絶対悲鳴を上げているよ。
しかし、こんなにも直前まで決めなくてもよくなって、余計色んなことが決められなくなっている気もする…。









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by miyuki-jun | 2017-10-14 22:58 | 旅のこと

手に手をとって

ちょっと旅の思い出を。
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去年の9月スペインのバルセロナに旅行に行ったとき、メルセ祭という大きなお祭りの最中だった。
日の暮れる前にカテドラルといわれる大聖堂の横を歩いていると、カタルーニャ音楽堂の前に設置された舞台の上で音楽隊が民族音楽っぽい曲を演奏し始めていた。
老若男女が始まったばかりの曲に合わせて手をつなぎ、輪っかになって、軽快にステップを踏む。
なんだろう?と初めは思っていたが、踊り出した人を観に人が集まるのをみていて「あぁ、これはガイドブックに載っていたカタルーニャ伝統の踊りサルダーナだ!」と気づいた。
日曜日にしか行われないって書いてあったけど、どうやらメルセ祭の最中は関係ないらしい。
あまり聞き慣れない音とリズムに、観光客は動画や写真を撮ったりと大忙し。
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私も最初はローライを向けてはみたものの、踊りを撮るには適した時間帯じゃなかったのと、外から撮ってもあんまり面白みが感じられなくて、すぐ腕をおろしてしまった。
踊りとリズムに魅入っていると、後ろから地元のおばちゃんがスペイン語らしき言葉をしゃべって私の腕を引っぱった。
びっくりしたけど、すぐ「あんた達も踊れ!」と、恐らく、いや、ほぼ間違いなくそう言ったのがわかった。
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右右と足を出し、次は右足を後ろに引いて一歩移動する。次は左左と2回足を出し、で左足を後ろに引いて一歩移動して元に戻る。
簡単だなって思っていたら音楽の変調したとたん、今まで2回出していた足が1回になり、両手も上げて飛び上がるような感じになり慌てる。どうしてそうなるのか?その合図というか切り替わるスイッチがわからない。
曲を知らないからそれが交互にやってきても対応出来ない。
おばちゃんがステップを見せて教えてくれるのだが、見てから動くから余計リズムが崩れ、足がもつれる。あれれ?と思うと手を引っぱられる。なんか上手く踊れない。できないことが可笑しくて笑っちゃう。
たぶん1曲5分くらいなんだと思う。それを4曲くらいつなげて1セット20分くらい?終わるとみんなで健闘を称えて拍手をする。喜んでいる内に次の踊りになる。その繰り返し。

私の他にも、隣にいた中国人のお姉さんとその恋人らしきお兄さん、ヒジャブを被ったムスリムのお姉さんも連れ込まれて手をつなぐ。
左手はムスリムのお姉さん、右手は中国人のお姉さん。
もうおばちゃんやお姉さん達の顔もおぼろげだけれど、ヘトヘトになるまで踊って笑い合った。

だから旅に出たくなってしまうのかな?
一番遠くにいる人を一番近くに感じられる瞬間に救われている。
一番遠い場所にいる、見ず知らずの、目の前を通り過ぎていくだけの人たちが優しくしてくれると、私も優しくなる。
ささくれ立った気持ちはこういうことで、なでられて穏やかになっていくのかもしれない。
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by miyuki-jun | 2017-02-01 23:21 | 旅のこと

旅を終えて

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無事、帰国して怒濤のように仕事して、まだまだ旅が消化されていない日々。
ガウディの建築物の良さとか、スペインでの出来事とか、ちょっとした写真の出来事とかがーっと言葉に置き換えたいのだけれど、置き換えるのがもったいない!的なものがある。なんだろう、これ?

すっきりして帰ってきたらしく、会社の人たちが喜んでいた。
よかった、よかった…うん。たぶん。
スペイン・バルセロナからフランス・アルルまでTGVで4時間ちょっとだったので、ムッシュのところへも顔を出す。人生初の国境越えだった。

EU内なので、そんな大げさな事ではないのは知識として知っているけれど、実際にやってみたかった。
日本って地続きの国じゃないし、国境越えるって海しかないでしょ?
国の線引きって人間が勝手にやっていることだし、どこからそれっぽく(その国っぽく)なるのか気になってたんだよね。
行きはTGVで、帰りはAVEで、国境を越えるというと、それまでスペイン語の男性のアナウンスの声と呼び鈴だったのが、次の駅からフランス語の、私には聞き慣れた女性の声といつも奇妙な音程だなって思っている呼び鈴に代わる(帰りは逆)。
草木の生えている感じや、山の微妙な形、土地の感じ、空の雲の低さ、建物の色合い、微妙なところが同じ地続きの土地であるはずなのに「スペインじゃない、ここはフランスだっ!」とはっと閃く瞬間があって、自分の見慣れているフランスの電車の風景と一致する。
するともうフランスなの。変な感じ。
いや、正真正銘フランスなんだから当たり前なんだけど変な感じだった。
フランスっていったからフランスに代わったんです、みたいな?(失礼)
当たり前だけどそうなるとフランス語がたくさん耳に入ってくるし(帰りは逆)自分の中の意識も切り替わるのを感じた。
スペインの人はサムスン製品を持っている人が多くて、メトロやいたるところで口笛の着信音を耳にしていたのに、フランスに入ったらi-phoneの着信音・マンドリンの音が多くなるという現象も面白かった。

しかし、スペイン、フランスいる場所関係なく人はすごく優しくて今回もたくさん助けてもらった。
特にバルセロナは大きな観光都市だったので、観光客に対して地元民の教育?が相当行き届いているのを感じた。
挨拶とお礼だけは話せなくてもスペイン語でと勢いこんだのに、挨拶すると英語で返事が返ってくるし、店員さんが話しかけるのも英語、サグラダファミリアとグエル公園に関しては「どうしましたか〜?」と日本語がでてきて驚いた。
グエル公園にいたチケットもぎの人は、ちゃんと中国人と日本人を見分けて話しをしていた。あれはすごい。
私の方がフランス語を勉強していたがために「グラシアス」を「メルシー」と危うく言いそうになる失礼な場面があって、本当ごめんなさいって感じだった。
これだけ寛容な都市なら友達や家族で行っても楽しそうだなぁーと思った。
ご飯も美味しいし、物価も安いし、観光名所たくさんあるし。


ただし、1つだけやっかいな問題が…それは体力である。
まず、飛行機で10時間以上かかる場所ということ。
長時間のフライトは寝てるだけなのに疲れる。これが年とともに辛くなる。
そして、バルセロナは交通が発達しているからといっても、観光名所がたくさんあり、どれもこれも日本の建物と比べものにならない規格外なデカさと広さを持っている。
しかも、ガウディ作品群は事前予約に時間制が導入されているので時間30分以内に入らないとならないし、予約取らないと1時間ぐらい並ばないと入れないという面倒事もあって焦るし、坂道はあるし、迷うし、迷ったら最後相当歩くし、もうヘトヘトだった。

心残りといえば、そんなんで毎日気絶するように寝ていたので、書きたいと思っていた絵はがきが全然書けず終いだったこと。
今後のことを考えて、なにか日頃から運動しなきゃ!と痛感した旅だった。
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by miyuki-jun | 2016-10-02 00:07 | 旅のこと

仙台旅行

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松島、圓通院にて。

先日、妹②の誕生日祝いに宮城県・仙台に旅行に行く。
誕生日旅行なのに「予算と休みだけ決めてくれたら、全部私がやるから」というので、全部お任せしたら、元旅行会社の本領を発揮し、ちゃっちゃと予算内で日程を組んでくれた。
思いのほか楽で、それを楽と感じた自分がちょっと意外だった。
いつも一人で旅行しているから、なんでも自分のやりたい通り、納得がいくものを突き詰めてしまう。
あれもこれも決断しなきゃならず、どうやら選択しなきゃならない煩わしさを感じていたようだ。
その煩わしさに「年取ったなぁー」と思った。

もっと自己主張して「勝手に決められるなんてとんでもない!」と昔のようにいってみたい。
でも、実はそこまで強く行きたい場所を求めていないことには気づいている。
うまく表現できないけれど、求めているのは、なんでもどこでもちゃんと見られる力だったりする。
ちょっと違うけど、なんでもどこでも楽しめる力と言い換えて良い。

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こちらは、瑞鳳殿の参道。

宮城城跡にてずんだソフトを食べていたら、宮城県のゆるキャラ「むすび丸」が現れ思わず妹②と3人?で記念撮影を撮ってもらってしまった。
伊達政宗の兜の月のマークは、なぜ兜を取ったむすび丸の頭の上にそのまま残るのか?が謎。
兜取ったら月マークも取れるよね?と妙に真面目に考えてしまった。
日本人って本当愛らしいものが好きだよね、と思いつつ、親近感がわいてしまいすっかり虜になってしまう。

新幹線で2時間弱。
出発前は遠い、遠いと思い込んでいたけれど、行ってみるとすごく近かった。
実家帰るより近いのがすごく意外。
なんとなく移動時間が長いと思うとすぐ海外へ行きたくなってしまうけれど、もっと日本を回った方がいいかもしれないと新幹線の中で思った。
マイルが確か貯まっていたので、たぶん行こうと思えば日本中どこでも行けたような?気もする。

同じ時期、妹①夫婦は広島・宮島に行っており、帰ってきたら日本三景のお土産交換になった。
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by miyuki-jun | 2016-05-01 23:23 | 旅のこと

アルルまでの道のり(2015年版+2016年)

ずーっと前にアルルまでの行き方を書いたのですが、
その後3回行っている内に経験したことが沢山あって、行き方も色々あることがわかったので2015年版をあげます。

◆アルル・フォトフェスティバルの日程
  毎年7月第2週目の火曜日~
  2015年は7/7~11でした。

◆レビューの場所
 レビューの会場は、Bd. des Lices(リス通り)という広い道に面したところの会場で行われています。
 2007年〜現在まで場所すべてこの道に面したところが会場(若干変更ありますが全部この通り沿いの会場)になっています。
 大きい作品を持っていくなら会場の近くのホテルを確保する必要があります。
 この通りの近くに宿を押さえるのがベストだと思われます。
 ちなみにフリーレビューの会場は、Place de la Republique (レピュブリック広場)です。
 (こちらも若干変更ありますが、ほとんどこの広場のどれかの建物内で行われています)


◆ホテルの確保
 行けるかもしれない?と思ったら、行くと決めなくてもいいので予約を入れてしまう。
 ここ何年かは、年が明けるとほとんど宿が取れなくなります(お金を積めば取れなくはないけど)。
 メインウィークの火曜から土曜日は、本当にどんなに検索してもfullです。
 今年は翌週の火曜日までアルルにいましたが、日曜日以降は余裕でホテル空いてました。
(土曜日以降のアルルは日本人がさーっといなくなるので、ちょっと笑う)
 来年の予定はだいたい10月ぐらいには発表になるので(一度レビューを受けているとお知らせが届く)
 キャンセル料無料のところも沢山あるので、わかった時点で押さえてしまう。
 話しに聞いたところドミトリーで3千円ぐらいの宿もあるらしい…のですが、語学達者で勇気がある方は挑戦してみて下さい。
 7ユーロほどで隣のアヴィニョンの駅に行けるのでそちらにホテルを確保するのもありかな?と思いますが、アヴィニョンはアヴィニョンで演劇祭の最中なので、こちらもホテルが取れません。


◆移動手段の確保
 アルルへ行く移動手段は色々
 飛行機・TGV・タクシーなどなど
 (2008年)
 成田(飛行機)→シャルル・ドゴール空港→リオン駅(TGV)→アルル

 (2011、2012、2015年)
 羽田(飛行機) →シャルル・ドゴール空港→アルルもしくはアヴィニョンからアルル

  いちいちパリに寄るのが面倒なので、シャルル・ドゴール空港のTVGから直接アルル(マルセイユ)行きのTGVに乗るようになりました。
  直接アルルへ行くTGVは1日3本くらいしかないので、時間が合わなければ隣のアヴィニョンTGVからバスでアルルに行くか、アヴィニョンTGV駅からアヴィニョンセンター駅に行ってアルルに入ります(アヴィニョンTGV駅からはアルルには行けません)。
  アヴィニョンTGVからアヴィニョンセンターへはタクシーでだいたい15ユーロほど、バスは7とか8だったと思う。
  他にもニーム乗り換えなどあるようですが、私は大きな駅の乗り換えは面倒なので直で入るかアヴィニョン乗り換えにしています。

 今年本当に移動時間を短くしたい!と思ったので、
 羽田の最終便(エールフランス)22:30で会社帰りに飛んで、翌日早朝4時にシャルル・ドゴールに到着、そこからマルセイユ行きのTGVに乗って、だいたい昼の12時にはアルルにいるという荒技をやりました。
 疲れるけど、翌日の昼には着くってすごい楽だった。
 これをやり出したらパリで1泊なんてもったいないなって思ってしまった。
 帰りもこんな調子で、アルルから空港直行で帰ることもできます。

◆2016年(追記)

 成田(飛行機)→バルセロナ・サンツ駅(スペイン)→ニーム駅(フランス)→アルル

 スペイン・バルセロナから国境越えてアルルへ。
 パリ→アルル間とほぼ同じ、時間によってはそれよりも短い時間でアルルへ行けました。
 スペインの方が物価が安いので、フライトチケットもTVG(AVE)のチケットも値段が安くてびっくりした。
 (ただし、日本からバルセロナまでの直通便はないので必ずトランジットする必要あり)
 X線検査もその分2回増えるし、それなりに手間はかかるのだけど面白いのでやってみる価値はある。
 観光セットにするならバルセロナに入ってアルルを経由してパリから帰る手もある。


◆レビュー申し込み
 4月下旬からフェスティバルのHPが立ち上がります(フランス語・英語版)。
 5月中旬より受付開始。
 HPからレビューの申し込み・レビュー代の振込み等々の手続き(カード決済)
 レビュアー(みせる人)5人、10人、15人、20人と選べるようになりました。
 レビュアー選択は各目的・写真のジャンルにともなって選択。
 6月下旬にレビューサイトUP用の写真を求められます(10枚前後)。
 サイズの指示に従って写真を事務所に送ります。


◆フリーレビューの申込も別サイトで始まります。
 ただし、相当語学に長けていないと申込の仕方がわからないらしい。
 私は2008と2011年以降は受けていないので詳しく知りませんが、
 (昔は別サイトなどというものは存在せず、広場に列になって直接受け付け)
 語学に長けてても曜日だけしか書いていなくて、問い合わせの仕方も公式レビューとは違いあやふやで相当苦戦したと今年受けていた人から聞きました。
 今年は公式レビューよりフリーレビューの方が人数が多くて盛り上がっていたのをみると、レビュアー側もしゃべれない人お断り的なハードルを設けたような感じなのかもしれません。
 (個人的見解なので本当のところは知りません)
 受けたよ!という日本人に2人しか出会いませんでした。
 他の方はどこでやってるの?と逆に聞かれる始末。
 語学の壁は厚いなぁーと改めて思う。人のことはいえないけど。
 

◆フォトフェスティバル前後の他の予定。
 南仏では各街で演劇や音楽のフェスをやっており、革命記念日も7/14とお祭りばかり。
 アルルも7/14夜は花火があがり、レピュブリックや他の広場ではライブステージが設けられて歌やダンスでフォトフェスより盛り上がっていました。
 他のイベントにくっつけて行くというのもありだなって思いました。


◆おまけ
 師匠と一緒にセザンヌのアトリエ(エクス・アン・プロバンス)に行ったりもしましたが、写真という話しで行ってみたいよねと師匠から教えてもらったのは、ニセフォール・ニエプスが生まれたシャロン=シュル=ソーヌという街。
 ニエプスの博物館があります。
 色々調べたのですが、パリ〜アルルルートの途中でそこまで離れていないので行けそうな雰囲気。
 次回検討したいと思います。
 もう1つ、次回はイタリアから南に下ってアルルを経由して北に登りたいなぁーという野望もあったり…。


この書き込みは1例にしかすぎません。
参考までにご覧下さい。
(特にフリーレビューの情報は聞いたってだけで正確ではありません)








 
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by miyuki-jun | 2015-07-28 22:48 | 旅のこと

砂漠の上

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サハラ砂漠。上が2013年、下が2014年。月は同じ9月後半のもの。

今年は、到着する前日に雨が降った影響で空に舞い上がっている砂が落ち
なんか「ベルビアみたいな青だな」て思うほど、空が澄んで青くなっていた。
雨が降ったせいで、砂漠の砂には水分が含まれちょっとした風では砂は舞い上がらない。
去年は砂塵でローライがじゃりじゃり音を立てたが今年はそんなことはなかった。
砂山には固い部分と柔らかい部分とがあり、水分が多い砂漠の上はさらに固くなる。その固い部分の上はバイクはもちろん、自転車も簡単に走り抜ける。砂漠に自転車という光景はなんだか妙な感じがした。

あと、意外だったのは砂漠の上を飄々と歩くイメージのあるラクダだが、乗ってみるとラクダも砂に足を取られてずるっと滑ること。
高さがあるのでずるっと行くとその反動も半端なく、何度も振り落とされそうになってジェットコースターよりラクダの方が怖いと思った。
ラクダは楽ではなかった、とエアメールに書いて送ったのは言うまでもない。
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by miyuki-jun | 2014-11-04 23:37 | 旅のこと

旅人はお土産を買えない。

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休みの日に暗室に入りながら平坦な道のりの日々。旅行から一ヶ月が経った。

 モロッコの旅の途中で何人かの世界一周をしている日本人に逢った。
 長期の旅をしている、というと私の中では小林紀晴氏の『アジアン・ジャパニーズ』や星野博美氏の『謝々!チャイニーズ―中国・華南、真夏のトラベリング・バス』を思い出すのだけれど、実際話を聞いてみると当たり前のことだけれど旅の仕方が全然変わっていて驚いた。
 
 wifi経由でインターネットに繋いで情報収集をしてい、i-phoneやタブレットもしくは小さめのPCは必須アイテム。ホテルの予約はもちろんのこと同じ世界一周をしている人の足取りはFacebookを介してお互い示し合っていて、近い場所にいれば気軽に会うことも出来る。「私を捜さないで下さい」という旅は既に時代遅れで「私はここに居ます」という旅なんだなぁ。旅の仕方はここ数年で劇的に変化しているんだなぁと感心した。出会った旅行者は全員女性だったことは事実として旅のしやすさを物語っていた。ヨーロッパから南下してスペインを経由し、アフリカの玄関口としてモロッコへ渡るというのがどうやら一般的な世界一周旅行の経路であるらしい。一番仲良くなった25、6の女の子はこれからアメリカへ渡ると言っていた。

 彼女とは、モロッコの南よりのティネリールという山谷の町でのり子さんという日本人が経営している宿に同じ日に泊まっていたので話すようになったのがきっかけ。ちょうど月曜日がスークの日だったこともあり一緒に月曜スークに行く事になった。
 スークは定期的に行われるマーケットの意味で、もっと南、砂漠の方のエルフードの町では日曜日、他の町でも曜日が決められている。その町ごとでも売っているものが違って見応えがあって、男性スーク、女性スークと売られているものも場所によって別れている。去年一度モロッコに来ていることもあって、都市のマラケシュ、カサブランカ、フェズなんかよりも南の町の方がずっとものが安いのを知っていたので俄然買い物に力が入った。みんなに配るお土産を買ってしまおうと思った。
 
 ティネリールの月曜スークは、すごい人でごった返していて道を通るのもやっとの状態。周りはみんなアラブ人。かなりの迫力だ。並びは手前に男性もの、次に女性ものと食料品とだいたいどの町もこの順で決まっている。人ごみをかき分けて奥へ進むもうとすると旅行者とわかって声をかけてくる人も多く、なかなか進まない。女性ものの売り場に行くのにはぐれないようにするのが大変だった。人ごみがあまりにすごいので上の写真はそのときコンデジ片手にあげて撮った写真。
 
 モロッコのお土産と言えば、小さいものでパブーシュ、ミントティーグラス、アルガンオイル、スカーフ、刺繍入りポーチ。大きいものだとランプ、タジン鍋、モロッコ絵画が一般的。他にも海沿いでは皮製品、アトラス山脈では水晶や宝石が取れ、砂漠の方面は化石が有名。
 可愛い刺繍のパブーシュが沢山並んでいる店をみつけたので、彼女と「可愛いねー!」「これ安いね!」と言い合いながら4足ほど購入した。他にも綺麗な模様が入ったミントティーグラス、スープ皿と結構テンションが上がってしまい買い物してしまった。手にビニール袋が増えていくが、合間に写真を忘れない。購入するときには写真撮らせてと言いやすい。食品売り場では、野菜やフルーツがいい具合に並んでいて彼女と示し合わせて写真を撮らせてもらう。
 女性と子供を撮る時は十分注意が必要なのだけれど、男性はあまり撮られても気にしない人が多かった。女性は都市部では平気な人も多いけれど、南に下がれば下がるほど嫌がられる。子供は撮ると基本お金もしくはお菓子をくれと言ってくる。
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 日本にいるとモロッコの人はイスラム圏だし控えめな服を着ているイメージがあるが、とにかく派手な色が多く蛍光ピンクや蛍光イエローを着ている人が普通にいて眼が痛い。日本で着ていたら思いっきり振り返ってしまいそうなそんな感じの服が山のように積み上がっている。装飾品はとにかく金、一辺倒。じゃらじゃら身につければ身につけるほどいいと言う。魔法使いのおばあさんみたいな服、女性用のジェラバがすごい叩き売りの値段で売っていたけれど、さすがに買っても着る場所がないので購入できなかった。
 沢山お土産を買って大満足で宿に戻り荷物整理をしていると、そういえば彼女はまったく買い物していなかったなぁと、ふと思った。可愛いねって言っていたし安かったから買えばよかったのに。
 
 彼女と別れてティネリールからマラケシュのスプラトゥールバスの中で、その答えがポロっと上から落ちてきた。ある程度旅行の日数がちゃんと決まっていて、帰国するとわかっていなければお土産は買えないのだ。いくら世界旅行がネットのおかげでハードルが低くなって行きやすくなったと言っても、これから何カ国も回る予定の途中では荷物は増やせないんだということに気づいた。
 旅人はお土産を買えない。購入できるだろうし、荷物が多くなったら国際郵便で送るという手もあるだろう。けれど、金持ちで優雅な旅をしている人以外はそんな選択肢はない。何か買う時は吟味して悩まなければならないのだ。頭の中の情報は増やせても両手に持てる荷物の量は今も昔も変わらないのだ。そのことに気づいた時、ちょっと彼女に悪いことをしたなぁと思うと同時に旅人の孤独を少し垣間みた気がした。
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by miyuki-jun | 2014-10-26 02:12 | 旅のこと