カテゴリ:本( 13 )

4月のおわり

気づいたら足を四カ所も蚊にくわれていた。

小林紀晴の古屋誠一について書かれた本を読む。
好きな写真家の作品というより人間性を好んで知ろうとするのは日本人特有のもののような気がする(私の主観だけど)。
そういう意味でこの本は、たくさんの情報が詰まっている。
知らなかった事実があって、確かに読み手としてその事実は魅力的な要素ではあったように思う。
でも、それを知ったからといって写真集や展示から感じる
なんだかやるせないような晴れはしないようなものが残る印象は変わらなかった。

最後の方に震災についても絡めて書かれていた。
ちょうどその頃、実は小林紀晴さんにお逢いしていたことを思い出した。
まだ共通の話題として震災のことが最初にあがるような、今ぐらいの時期だった気がする。
居酒屋の席で「震災の時、どちらにいましたか?」と写真仲間が聞いていて
「スタジオで撮影をしてて…」そのスタジオが地下にあってと説明していたけど、
反応はちょっと歯切れ悪かったなって、
その理由はこれだったのかって、今思い返すとそう思う。
私は興奮して話す仲間たちの話を聞くのが精一杯であんまり話さなかった。
ご本人の記憶に残っていないと思う。
私がコダックの小全紙の印画紙を荷台に積んで転がしていたので、
「暗室で写真焼くのが好きなんです」と話した記憶はある。

『呪われた眼』と表現されて書かれていた文章について思いが巡る。
本当に呪われているのだろうか?と思わずにはいられない。
じゃぁ、神聖な眼か?と聞かれたら「違う」と否定はするしかない。
みるか?みないか?と聞かれたらみてしまう。
でも、私たち気づいているよね、その習性に。

でも、「でも」って思ってしまう。
でもと心の中で反論するたび、思い出す光景がある。
それはカメラを向けられなかった方の世界。
その眼は私をみているし、私もその眼をみている。
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by miyuki-jun | 2013-04-30 23:47 |

読書の秋

新しい暗室の近くに本屋さんがあることに最近気づいた。
秋なので『秋』の題名がいい、
そんな単純な理由で湯本香樹実『ポプラの秋』を発見して読み出した。

最初、文章が暗くて、先が見えなくて、淡々とし過ぎてて、
暗室で読んでいなければ途中で挫折してたかもしれない。
けれど、中盤になってぐっと引き込まれ、
終盤は途中で印画紙取りに行くのを時々忘れて読んでいた。
文章は終始、子供目線でのほほんと書かれているけれど
大人の事情に従順で、素直で、憎たらしいほど可愛いので切なくなる。
身をよじりたくなる感情を喚起させられて、
最後にすとんっと優しさに落とされた。


笑ったり泣いたり喧嘩したりしたかったのであって、
決して、笑って、笑って、笑い続けていたかったわけじゃない。
そんなことにこの本を読んで気づいた。
笑いだけを共有しあっていたのだから、
笑い疲れて当然だ。
気づくのが遅すぎた。
いや、ずっと前から気づいていた。
それさえも笑ってやりすごしていたんだな、って思った。
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by miyuki-jun | 2010-11-07 00:17 |

Rain of summer

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大和田良『ノーツ オン フォトグラフィー』を読む。

写真家は人生そのものもぐっと惹きつけられるものを持っていますね。
小林紀晴のキャッチコピーも素晴らしい。
思った以上に理詰めで、
感覚で捕らえるということを最初から疑っているというか
…挫折している?というのか。
だからこそ、その考え方はシンプルで客観的。

ちょっと前の金村修に匹敵する面白さで一気読み。
読み終わった後に
「あー。もうちょっとゆっくり読めばよかったー」と少々後悔した。
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by miyuki-jun | 2010-07-26 00:17 |

手放したものが返ってくる。

最近、すごい勢いでよしもとばななを読み返している。

引っ越しのとき本を持って行くわけにはいかず
置いて行けば自動的に捨てられる運命にあったので
大学まで読んでいた本はほとんど売ってしまった。
貴重な本以外なら手もとになくてもいいと思っていた。
読みたくなったら買い直す自信があったから。
たぶん、今そのときなんだと思う。

読み返して内容を全然覚えていないのに驚いた。
ストーリーが重要な本じゃないんだよね、よくよく考えたら。
そして、悲しみは青で、悲しい情景はみんな青で例えられているのが
なんか鈴木理策的というか写真的だなぁと感じる。
あと、ほとんど終わりばっかりで本当の始まりはあやふやなままだったり
ぼけて表現されてたり、あとから出てくるあたりが実にこの人っぽい。
昔より今の作品の方が好きなのも私の中では特異なタイプの作家だな。
『デッドエンドの思い出』は昔は全然心に引っかからなかったのに
今回初めて「これってすごくすごく悲しい話じゃん!!」と誰かに伝えたくなった。
(いや、だからデッドエンドなんだけど…)
昔の私はいったい何を感じていたのやら…。
こんな素晴らしい本を今までほったらかしに流して読んでいたなんて!


今、人に逢って「何の本持ってる?」って聞かれたら
よしもとばななが鞄から出てきます(笑)
好きだったものをまた手に入れて好きになるのは楽しいことだ。
ことと場合によるけれど
こういうめぐり合わせ、私はわりと好きだな。
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by miyuki-jun | 2009-11-15 23:41 |

綿矢りさ、恐るべし。

綿矢りさと金原ひとみは一時話題になっていたので
なんとなーく追いかけて読んでいた。
まぁ、どちからと言うと綿矢りさの方が好きかな?程度で
『インストール』も『蹴りたい背中』正直あんまりよく解らなかった。
話題性だけが先行しているような感じがしていた。


ちょっと遅いけど綿矢りさ『夢を与える』を読む。
化けた。大化けだ。
文章も物語もすごく良かった。
今まで感性と若さだけで突っ走ってた感じがあったけれど
技術が追いついて、上の2作品とは全く別物になっていた。
18歳の若さで作品が有名になる人だから才能はもともとあったのだろうけど
ここまで化けるとは思わなかった。
なんとなーく島本理生っぽい
甘い感じの幼い文章を今後も書いていくんだろうなーと思いこんでいた。
(島本理生嫌いじゃないけど)

「ここまで落すか!」な破滅的なラストがすごく好きだ。
綿矢りさ、恐るべし。
妹と同い年にはちょっと思えないなー。
次回作がとても楽しみな作家の1人なる。

一気読みしてしまい
なんだか眠れなくなってしまう雨の日の夜。
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by miyuki-jun | 2009-04-22 03:06 |

嵐は去った…か?

最近TVドラマ『チーム・バチスタの栄光』が面白いと
同僚に話しをていたら原作本を貸してくれた。
面白い。久々につぼにはまる。

映画のキャスティングには「?」なんだけど
ドラマのキャスティングはいいなー。
仲村トオル格好いいなー。
伊藤淳史は小説の主人公に比べるとただの優男だけど、
ドラマにするには脇によって引き立て役になるしかないのだろうか?

TVには映像の面白さがあるし、
原作には文章の面白さがあって2倍楽しかった。
続編も同僚が貸してくれるというので
今からすごく楽しみになる。
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by miyuki-jun | 2008-11-23 22:06 |

すごく前向きな本を読む。

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蜷川実花の『ラッキースターの探し方』という本を
写真仲間から貸してもらった。
読みやすくて短時間で読めてしまった。
読んだら写真のように開けたかんじ。

写真展に行くのが楽しみ!
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by miyuki-jun | 2008-11-17 23:34 |

理由を考える。


『あなたとあなたのカメラがあるだけだ。
あなたの写真の限界はあなた自身のなかにある。
わたしたちにみえるのは自分と等身大のものだけだから』

エルンスト・ハース
『エルンスト・ハース展―写真で奏でる色彩の詩』より


海外の写真家も日本の写真家も
まだ全然知らないのだけれど、
今現在1番好きな写真家は?って聞かれたらこの人だ。

添えられている言葉も好きだ。
写真は何度みてもあきない。
気づくとずーっとみてる。


惹かれる理由をずっと考えている。




なんか、最近追い詰められているぞー。
むー。
ガリガリ君のチョコレート味が異様なくらい美味しい。
これから買いに行こう。
頭冷やさないとー。
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by miyuki-jun | 2008-08-07 22:56 |

今も昔も基本は同じ。

再びいい文章をみつけたので転記。

安井仲治『写真家四十八宜』
(しゃしんをうつすひとよんじゅうはちよろし)


い  いつそスランプは大いなるがよろし

ろ  ろくでもないもの感心せぬがよろし

は  ハツと感じたら写すがよろし

に  ニツコリ微笑む自信はよろし

ほ  ほんとに自分を生かすがよろし

へ  下手な上手、上手な下手、どちらがよろし

と  撮れぬものは撮らぬがよろし

ち  チクリと痛い批評はよろし

り  理窟倒れも時にはよろし

ぬ  塗つた薬は銀乳剤、時節柄無駄せぬがよろし

る  類を以つて集ると雖も類作はせぬがよろし

お  煽てられたら少しは乗つてみるがよろし

長いので要注意。
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by miyuki-jun | 2008-08-05 01:08 |

1979年と2008年と。

ちょっと驚いた文章があったので転記。

『僕はこの間アルルへ行ってきまして少し考えが変わりましてね。つまり、われわれ大人の郷愁につながるものは外人には理解してもらえないんじゃないかなというような気がしたんですよ。だとすると、僕は理解してもらう、してもらわないではなくて、やっぱり世界に通用する写真をつくるということになると、なんか少し考えを変えたほうがいいではないかというような気がしてくるんですがね』
植田正治『小さい伝記』より


故・植田正治さんがアルルへ行っていたという話は聞いていたけれど
まさか自分と同じ感想を持っているなんて知らなかった。
1979年と2008年。
変わっていないのか?はたまた1周して戻ってきたのか…?

郷愁かぁ。
少し謎が解けた感じ。

でも、郷愁は本当に伝わらない…の??
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by miyuki-jun | 2008-08-02 23:59 |